riemblem  International District 2600 諏訪ロータリークラブ週報

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2,697回例会 2012.08.24(金)  No.2,588


司  会 折井俊美SAA
ゲストビジター 秦野RC:深石純一会長、江崎正二幹事、松田浩一姉妹クラブ委員長、福森登姉妹クラブ副委員長


会長告知 小口武男会長
 おはようございます、多くの皆様が清々しい朝の時間にお集まりいただきありがとうございました。また、早朝例会に場所をご提供いただきました法光寺の小口秀孝会員にお礼申し上げます。
 今日は早朝例会ですので「朝」についてお話しします。「機」とは「つぼ、勘どころ」という意味があることを忘れていました。例えば「機を見るに敏」というとなるほど「つぼ、勘どころ」という意味だとわかります。「『機』のうち私たちが最も大切にしなければいけないのは朝であり、『活きた時間』は朝だけだ」と安岡先生は言っています。言い換えれば、本当の朝を我々は持たなければ一日が上手くいかないということです。朝というのは本当に新鮮であり生命に溢れています。新鮮というのは生命の最もみずみずしい姿のことです。例えば新婚夫婦は確かにみずみずしく思います。
 如何に新鮮で在り得るか。それについて安岡先生は「真理を学ばなければいけない。正しい歴史伝統に従った、深い哲理、真理を学び、根ざす必要がある」と言っています。
 人生の朝というと青春時代、青少年時代ということになるかもしれません。事業にも朝はあり100年続く事業だとすると最初の10年、20年にあたります。ギリシャの有名な格言に"in the morning of life work ; in the midday give counsel ; in the evening pray"がありますが、「朝は働いて、昼は助言し、夕は祈りなさい」ということで大変意味深い言葉だと思います。
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幹事報告 長田司幹事
本日は早朝例会に秦野RCの皆様にお越しいただきました。
来週は休会になります。


ゲストビジター挨拶
深石純一 秦野RC会長
皆さんおはようございます、秦野RCは1985年の5月にこの地で諏訪RCと姉妹クラブの締結をして27年間お世話になっています。私は入会して8年目ですが先輩の話を聞くと諏訪大社の神事の度にお世話になっているそうで、私も3年前の里曳のときにお世話になりました。折角の機会ですので秦野のご紹介をいたしますと、嘗てはタバコと落花生が産業の中心でやってまいりましたが、戦後産業振興のために「秦野たばこ祭り」が始まり60数年の歴史ですが、今年は9月22日(土)、23日(日)に開催されますので是非皆さんでお出かけいただきたいと思います。本日はありがとうございました。

松田浩一 秦野RC姉妹クラブ委員長
おはようございます、今年の1月19日、20日に諏訪にまいりましてお世話になりました。大変歓迎をいただき、帰りには雪の歓迎を受け、ノーマルタイヤでしたのでご心配をおかけしましたが無事に帰ることができました。私どもは諏訪クラブと長いお付き合いですが、考えてみますと御柱以外は来ておりませんでした。「秦野たばこ祭り」には是非多くの方に来ていただき親交を深めていきたいと思います。よろしくお願いします。
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深石純一会長
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松田浩一姉妹クラブ委員長


グラブフォーラム 早朝例会〜法光寺〜 古屋了 プログラム委員長
皆さんおはようございます。本日は秦野RCの皆様ようこそお出でくださいました。
本日は会長・幹事さんの企画により早朝例会を開催させていただきます。場所をご提供いただきました法光寺さんありがとうございます。本日は謙虚に学びたいと思います。

写経会
心身を清め、心静かに写経し本堂に納経しました。

納経法要「東日本大震災物故者慰霊及び復興祈願」法光寺 小口秀孝住職
心経を読む間にお焼香をしていただきたく思います。
ご供養は東日本大震災物故者の各霊位ならびに東日本大震災復興祈願、長野県栄村大地震復興祈願、先立たれたロータリー会員物故者に対し執り行われました。
合掌、拝礼
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心静かに写経に取組む
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納経法要

卓話 法光寺 小口秀孝住職「閻魔様と地獄絵について」
 昔はお盆になりますとおじいさん、おばあさんに連れられてお寺の本堂に来て地獄絵を見せられ「嘘を吐いたら舌を抜かれるぞとか、悪いことをしたら地獄に落ちるぞ」と言われた思い出があると思います。考えてみますと悪いことをしたら必ずその報いがあるという怖れとか自分を戒めるとか道徳教育や倫理教育の芽生えのようなものであったと思います。
 今32年前に出版された「絵本・地獄」がブームになっています。書店でなかなか手に入らない状況で若いお母さんや保育園、学校でも話題となり、32年間で18万部しか売れなかったものが今では1年で12万部売れるようになりました。なぜこのようなものが要求されるようになったのか。背景には今の世相が反映してきているようです。子供を叱ってもなかなか言うことを聞かないが、この地獄の絵本を読み聞かせたら一瞬にして良くなるということが話題になりTVやマスコミにも取り上げられブームになりました。地獄絵は人が亡くなった後どうなるかの道程が書かれています。要は冥途の旅のツアーパンフレットのようなものです。
 人が亡くなって7日毎に裁判があるといわれています。初七日、二七日、三七日、四七日、五七日の35日が閻魔大王の裁判、六七日、七七日、百ヶ日、一周忌、三回忌と続きますが、これは中国の十王信仰が基になっています。十王の裁判がそれぞれのところにあり、初七日に最初の裁判を受けます。「三途の川」では奪衣婆に着物を剥がれ、木の枝に掛けると罪の重さにより撓い方が違うので、それで罪の重さを量り渡る場所が決まります。一番良い行いの者は欄干のある橋を渡れる、軽い罪の者は浅瀬で渡れる、罪が重い者は大蛇や竜がいる深い淵を渡ることとなります。
 五戒の中でも泥棒、誣罔(ふもう=嘘を吐くこと)、殺傷、邪淫の罪は十王が審理し、初審、二審・・・五審までつづきます。生前の罪はすべて記録されていますが、閻魔帳とはここからきています。五審で六道「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上」の中のどの世界に生まれ変わるかを決定します。罪の深い人は地獄・餓鬼・畜生・修羅に落ちますが遺族の追善供養により救われるという謂れがあります。遺族の方は七日毎にご供養をし、一周忌、三回忌を行うことで再審、追審があり救い上げることができるとされています。十王の姿は仏の化身とされており初審には不動明王、二審には釈迦牟尼世尊、三審には文殊菩薩、四審には普賢菩薩がおられます。ここでは厳しい裁判により罪に陥れるのが目的ではなく、本来は極楽に救い取ることが目的であると言われています。
 やはり自分の罪の深さというものを自覚することが大切であって、残った者も追善供養によりお互いに良い所へ行けるように拝むことが良いという教えです。本当は地獄、極楽は自分の外にあるものではなく、自分の心の中にあると思います。自分の心の中には鬼と仏が住んでおり、悪いことをしてしまう自分と悪いことを抑制する自分がいますが、生きているうちに良い方向に向かわせる自分を育てていくことが極楽に行く一番の近道であると言われています。
 この世の地獄と言われますが、戒めがあって初めて良いことをしなければならないと思う気持ちが大切だと思います。子供たちには生きているうちに皆が助け合って良いことをしようと教えていきたいと思います。
 こちらはお釈迦様の涅槃図ですが、遺言には「諸行は無常である、怠りなく努めよ」とあります。私の肉体は滅び諸行無常であるが、私の教えは残っていくという意味です。沙羅双樹の四本は青々として、四本は枯れてしまう姿を表わし、動物(十二支)も弟子たちも皆悲しんでいるという物語ですが別の機会にお話しさせていただきたいと思います。
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小口住職の卓話
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地獄絵を拝見して


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