2.388回例会  2005.12.2(金)  No.2279


司会 藤森郁男SAA
ゲスト・ビジター 伊那中央RC久保田文彦君,小向誠一君,鈴木一比古君
誕生祝 新村良雄君 河西正一君 古屋了君
出席報告 本日86.79% 7名欠席 前回訂正92.45% 4名欠席
ラッキーナンバー No. 21 朝倉英仁君

ニコニコボックス 伊那中央RC久保田文彦君 来年地区協議会を担当します。藤森貞雄君 カンフーRCを訪問して。藤森省作君 りんごコンクールで農林水産大臣賞を頂き、また連続欠席して。小池保二君 結婚記念のお花を頂き。藤森郁男君 前回欠席して、また全国味噌鑑評会にて大臣賞を頂いて。宮坂直孝君 結婚記念のお花を頂き、また連続欠席して。藤森和敏君 世間を騒がしている建築士と正反対の建築士です。今後ともよろしく。朝倉英仁君 ラッキーナンバーに当たって。

会長告知 北澤晃会長 「日本の好きなところはどこですか」と質問すると、多くの人が「四季がはっきりしているところ」と答えます。ところで四季を表現するとき、一般的には春の芽吹き、夏の陽光、秋の紅葉、冬の降雪などのように「春夏秋冬」の順番で言います。春に芽吹いた種が夏の暑さで育ち、秋に実って冬に枯れる。まるで人の一生をギュッと一年に詰め込んだ様に感じたからなのでしょうか。しかし、信州の四季のスタートは冬からのような気がします。寒くて冷たくて厳しい冬。それをじっと耐え、迎える温かな春。新緑から始まりさわやかな風の吹く夏。美しい紅葉に彩られる秋。そしてまた巡り来る冬。「冬が終わって春を感じたときの喜びは格別だね」などと聞くとやっぱり冬が信州の四季のトップランナーの様な気がします。長野県は「春夏秋冬」ではなく、「冬春夏秋」の県と言えると思います。信州の四季の風景を誇りに思う人が78%もいるとのことです。諏訪湖のバックに雪をいだいた富士山や八ヶ岳。冬の代表的な諏訪の風景も間近となりました。

幹事報告 河西正一幹事 来年1月28日諏訪RACの25周年記念例会があります。事務局の林さんが11月末でぬのはんを退職されました。林さんには個人的に事務局を継続していただきます。欠席連絡等の徹底をよろしく。二階事務局の片づけをしました。本日理事会を行います。

委員会報告 平林親睦委員長:16日の家族夜間例会は中国弦からハーブ演奏へ変更します。安川会長エレクト:11月22日カンフンRCへ増沢洋太郎夫妻、藤森貞雄夫妻、山崎晃夫妻、そして私ども夫婦合計8名で行き歓迎を受けました。来年50周年のお誘いをして参りました。伊那中央RC久保田会長:来年4月に地区協を行います。本年の諏訪に次いで、勉強に参りました。よろしくお願いします。

クラブフォーラム (卓話)山崎壮一君 今年もあと2回となり、「2005年度ふり返って」という話を頂きました。もう一年が終わるというのは早いですね。今までは大先輩にこの「ふり返って」の話を頂いておりましたが、私ももうその年になったかと驚いております。
 さて、私は諏訪の21世紀をどう考えたらいいか、実業、経済で生きてきましたので、諏訪の工業、観光、商業のポイントで話します。ちょうど今年は戦後60年、人間も還暦ですが、60年は自然界の一つのサイクルです。このスパンで考えて見ますと、明治・大正は生糸を中心に大国をつくったわけです。戦後60年はその空いている工場、きれいな空気から精密が生まれた。といわれるけれど、本当は「諏訪を何とかしなくては」という私たちの先輩が汗を流してつくってきた事によって諏訪は戦後の精密工業の集積地となったわけです。その精密工業がずっといいかというとそうではない、為替、人口が大きく変化してきてこれからの21世紀「諏訪の経済、活力をどうやっていったらいいんだろうか」と言うことを考える年になっております。私は30の時に57才になる父を亡くしまして、俺の人生も57と考えることに決めました。そして55迄には自分のやっている幾つかの事業の後継者をきちんと育てバトンタッチを50〜55の間に、そして55過ぎから女房にも苦労をかけているから楽をさせてやったり、うまいものを食ったりする計画を立ててやってきました。ところがいつまで経っても親父の57は迎えなくて、この通りロータリークラブに41の時に入って、33年間皆勤を続けているという状況であります。そして、57を過ぎた頃から「いったい俺はこれからどんな人生を」と考えたわけであります。「この地域をどんな風にしていったらいいのか」という中から、59才位から自分は仕事ばっかり目を向けていたのですが、そろそろ後継者も育ったので、旅館組合の理事長をやり、なかでも改革をやりました。営業力を高めたり、地域の知名度を高めたりしました。その後、4年間は観光協会長をやり、その後の2期5年半、商工会議所の会頭をやり、これも観光や商工会議所の大改革をやってきました。どちらかというと小泉改革に似たようなことをやったわけですが、運が良く、乱世、いわば陰の時代には今までの常識を破り新しいものを創って行かねばならない時に、私の性格や得意な分野が活かされたのではないかと思っています。
 次の工業を考えると、中小企業2400社がこの人口20万の諏訪地域にあります。伊那は合併が出来たのですが、諏訪は出来ませんでした。長年続けてきたのですが出来ませんでした。しかし、それではいけない。そこで、「2400社が技術を一堂に会してやろう」と言うことで、過去4回の工業メッセを行いました。23000人のお客やトヨタ地区との関係もつくり、諏訪の知名度を向上させました。今までは自分たちのレベルを分からなかった。しかし、過去の東バルやエプソンの技術を受けついているわけです。今後その跡地の24000坪(建物が4500坪、木造が700坪ですが)その建物、土地を来年の3月までに売却をして旧東バルのMBI(管理会社)は解散することを明確にしております。目下それに取り組んでおります。工業メッセから出てきたことは、6市町村の一体感。そこで、NPO諏訪圏ものづくり機構をこの4月に立ち上げております。このNPOは人材の育成、企業体質の強化、産学、産産のマッチング、情報提供を4つの柱として行政と一体となってやっていくことを考えております。
 さて、もう一つの諏訪の観光についてはお手元のパンフレット(マップ)を1月につくりました。諏訪は大きく諏訪湖周辺、八ヶ岳山麓に大別されます。その中で、観光を行政の枠を越えて一体と考える必要がある。観光で如何にお客を呼んで対価を落としてもらうか、ということは世界的な潮流であります。昔、狡兎三窟(こうとさんくつ)という話がありますが、諏訪の活力は工業、観光、商業を考えていく必要があります。そこで、この一月にフューチャーデザインプロジェクトをスタートさせました。昨年の8月にある人との縁で立川直樹さんと言う人に会いました。この方は愛知万博の総合企画プロデユースをして、若い時から音楽、ライブ、映画のプロデユースもしている人ですが、その方に東バルの跡地と諏訪湖を見てもらった時に「これはすごい」となり、その方に昨年の暮れ来ていただいたのがマップづくりへ展開したわけです。また、諏訪の年間スケジュールを都会の人が行ってみたくなる年間スケジュールとし、インターネットのホームページも1月スタートさせました。ベルリンで「長い夜」というのをやっている。これは市民に楽しんでもらい循環バスをとおして何処へでも行ける、というものをやっている。アメリカのシカゴでもやっているが、日本ではまだやっていないと言うことで、7月に諏訪の長い夜をやりました。足を引っ張る人もいたが、世の中は今までと変わるわけですから今までと違う角度からやる必要があるのです。そこで実施したことが大変盛況で、来年も全国に知らせてやろうということであります。最後は「諏訪にお客を呼ぶにはどうしたらよいか」と言うことであります。打ち上げ花火の生産量が全国一、技術も一という事に目をつけて、新作花火大会をスタートさせました。ゴミなどの件で反対意見もありましたが、長野経済研究所とタイアップし、経済効果を確認し実行しました。昨年から経済産業大臣賞を取ることが出来ました。今年の9月には30-35万人が来てくれる大会になりました。今後、東バルの跡地をつかってどうやって文化の発信をすればいいか考えているところであります。今年の3月に取得がきまれば10月のメッセ、それに8月はバリ島の竹の音楽。これはすごい響きがあります。日本にも何回か来ておりますが、8月3,4日と諏訪に来て諏訪大社にお参りをして、お諏訪太鼓との競演を考えているところです。
 最後の商業のことでありますが、昨年の六月に駅前の丸光が店じまいの情報が入りました。諏訪もTMOを発足しているなか、丸光がシャッターを下ろすことは絶対にしてはいけない、そこでやむを得ず私がそれを引き受けてやっております。昨年の4月7日にオープンをし、10月7日にグランドオープンをしました。改装費10億であります。何とか半分を国の銀行から融資をもらうようやっているところであります。三越の人事部長をやった太田さんにコンサルを受けております。彼は店の営業、教育をやっていただいておりますが、地元に金融機関に財務を見ていただけないか、話をしております。もしダメだったら先程の狡兎三窟を考えねばなりません。商品も良くなり、店内も明るくなりました。従業員も挨拶が出来るようになりました。是非丸光にお出でいただいてお力を貸していただければと思います。さて、そんな中でもう一つは駅前を行政とやっていきたいことは、駅舎を変え、橋上駅にする必要がある。駐車場も三層4層にしていく必要が有ります。
 最後に私にとってのこの一年は浜の湯60周年、ヤマザキ50周年、ミスズ工業が40周年そしてサンメディカルが15周年ということで、サンメディカルのエバハートが治験をやりまして、三人ともうまくいっております。諏訪からまた世界につながっていく、そして大勢の心臓で病める人に対して力になれるかなと思っております。
最後はグリコのおまけで付けさせていただきました。


慈愛の種を播きましょう


      



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